年末年始休みが終わり、会社が始まってみてあらためて思うのは、仕事がある時は緊張と弛緩の落差が激しくなるということ。一応、仕事してる時はそれなりに緊張している、気を張っている、集中しているというべきか。念のため。
周囲に人がいなくなる、または知ってる人がいなくなった時の弛緩の度合いが、休み中とは明らかに違う。いいのか悪いのか。よく分からない。
ほうける、の字は、呆ける、惚ける、耄ける、とかいろいろあるらしいけど、たまに魂を持っていかれるみたいな曲というのがあって、電車の中などで聴き始めると、最寄駅までエンドレスに繰り返し聞き続けてしまう。
殺し文句みたいなのが沢山入ってるせいもあるのかもしれないし、その他の理由もあるけど、You are the reason(Calum Scott) もその一つ。
2019/01/09
2019/01/06
ハラビ
日記の大切さみたいな話を聞いた(すいません、まだ途中)ので、せめて会社が始まるまでは毎日投稿するかなあ(始まったら違う形にする)と思って、ちょっとだけがんばっている。
もう少し回顧モードに浸りたいなあと思っていたところに、午後の時間が空いたので、品川に行く。品川駅は嫌いだ。渋谷の次ぐらいに。前職で6年ほど御殿山に通ったが最後まであまり好きになれなかった。たった一つ良いところがあるとすれば、それは原美術館があるところ。Webサイトを見たら、なんと2020年で閉館だそうだ。これは今日行かねばなるまい。展示があるかどうかは二の次で、とりあえず常設が見られればいい。Sophie Calleって誰ですか、てな感じで行ったのだけれど、これが収穫だった。
「ソフィ カル ─ 限局性激痛」
「限局的激痛」文字面だけで十分痛いんだけど、彼女が1984-5年当時つきあっていた男性と別れるまでの92日間とその後の90日間を写真と文章で綴った作品。特筆すべきは、彼女がその「人生最大の苦しみ」を相対化させるために、その経験を「語りつくしたと」思えるほど何度も他者に語り、代わりに共有してもらった聞き手の最も苦しい経験も併せて作品にしているところである。
別離の時と場所、その経緯を彼女は何度も何度も思い出す。その書き出しはすべて同じで、「○日前、愛している男に捨てられた」と始まる。1985年1月28日、午前2時、ニューデリーのインペリアルホテル261号室。同じ写真とほぼ同じ内容の文章がずっと繰り返されるのだが、その描写、心象風景が微差ながら変化していく。そこに惹きつけられる。
50日目を過ぎたあたりから涙腺が徐々に崩壊してきて、あわてて隣室の奈良美智さんのmy drawing roomに避難する。幸い一人である。この部屋も思い出深い。なにかと慌ただしかった前職の昼休みに一人で来て、ここで人心地ついたことが何度もある。
この年になると、こういうふうに感情的になる(あまりわめいたりしない性質なので、だいたい泣くと相場が決まっている)のは、だいたいホルモンのなせるわざだというのが事後に判明することが多いのだが、それをさしひいても、久しぶりに心動かされた。
先に「書き出しはすべて同じ」と書いたけれど、本当は違っていて、二度目に見た時、九十日目だけは、「愛していた男」と過去形になっていることに気がついた。それ以外にも、幾重にも表現されているその微差の変容のプロセスが波のようにひたひたと迫ってくる。
少し腫れた目をさましつつカフェでスティック付きの砂糖をゆっくり溶かしながらカプチーノを飲む。閉館までにまた来られるといいなと思う。
ほかは全部フランス語だったので、唯一英語で書かれていた「True Stories」を買って五反田に向かって歩く。
レッスンが始まって先生の声を聞いたらとたんに元気になる。相当なことをおっしゃっても、いい声なので、かどうかわからないけどすーっと入る。御徳である。
もう少し回顧モードに浸りたいなあと思っていたところに、午後の時間が空いたので、品川に行く。品川駅は嫌いだ。渋谷の次ぐらいに。前職で6年ほど御殿山に通ったが最後まであまり好きになれなかった。たった一つ良いところがあるとすれば、それは原美術館があるところ。Webサイトを見たら、なんと2020年で閉館だそうだ。これは今日行かねばなるまい。展示があるかどうかは二の次で、とりあえず常設が見られればいい。Sophie Calleって誰ですか、てな感じで行ったのだけれど、これが収穫だった。
「ソフィ カル ─ 限局性激痛」
「限局的激痛」文字面だけで十分痛いんだけど、彼女が1984-5年当時つきあっていた男性と別れるまでの92日間とその後の90日間を写真と文章で綴った作品。特筆すべきは、彼女がその「人生最大の苦しみ」を相対化させるために、その経験を「語りつくしたと」思えるほど何度も他者に語り、代わりに共有してもらった聞き手の最も苦しい経験も併せて作品にしているところである。
別離の時と場所、その経緯を彼女は何度も何度も思い出す。その書き出しはすべて同じで、「○日前、愛している男に捨てられた」と始まる。1985年1月28日、午前2時、ニューデリーのインペリアルホテル261号室。同じ写真とほぼ同じ内容の文章がずっと繰り返されるのだが、その描写、心象風景が微差ながら変化していく。そこに惹きつけられる。
50日目を過ぎたあたりから涙腺が徐々に崩壊してきて、あわてて隣室の奈良美智さんのmy drawing roomに避難する。幸い一人である。この部屋も思い出深い。なにかと慌ただしかった前職の昼休みに一人で来て、ここで人心地ついたことが何度もある。
この年になると、こういうふうに感情的になる(あまりわめいたりしない性質なので、だいたい泣くと相場が決まっている)のは、だいたいホルモンのなせるわざだというのが事後に判明することが多いのだが、それをさしひいても、久しぶりに心動かされた。
先に「書き出しはすべて同じ」と書いたけれど、本当は違っていて、二度目に見た時、九十日目だけは、「愛していた男」と過去形になっていることに気がついた。それ以外にも、幾重にも表現されているその微差の変容のプロセスが波のようにひたひたと迫ってくる。
少し腫れた目をさましつつカフェでスティック付きの砂糖をゆっくり溶かしながらカプチーノを飲む。閉館までにまた来られるといいなと思う。
ほかは全部フランス語だったので、唯一英語で書かれていた「True Stories」を買って五反田に向かって歩く。
レッスンが始まって先生の声を聞いたらとたんに元気になる。相当なことをおっしゃっても、いい声なので、かどうかわからないけどすーっと入る。御徳である。
2019/01/05
じわじわ
箱根に触発された年1回の9kmランの結果として、お尻の筋肉痛は昨日だったが今日は前腿にきた。階段の下りがきつい。
この正月休み中、過去好きだった音楽を大量に聞きながら、昔好きだったことをたまに思い出してみるのもいいもんだな、と思う。
自分の場合、ある時期とても好きだったものごととの縁を、何かのきっかけでぶちっと切ってしまうことが多い。それなりに熟考の末にその選択に至るのだけれども、結果的に積み重ねの効を失うのである。
その分、下手の横好き的にしょっちゅう初心者になるので、初心者になることには結構耐性がある。本当はとてもやりたいんだけど、できなさすぎて始められません、みたいなことは比較的少ないほうだと思う(たぶん)。
とにかく、現時点で熱烈に好きなことは放っておいてもやるだろうけど、そうでもない、今はなくてもそれほど困らない種類のこと(走ることとか)も、たとえゆるくてもいいから、好きでいつづけること、または、たまに思い出してみることも大切にしたいと思う今日このごろ。思い出してみて、もう必要ないなと思ったら、それはそれでいいのかもしれないしね。
この正月休み中、過去好きだった音楽を大量に聞きながら、昔好きだったことをたまに思い出してみるのもいいもんだな、と思う。
自分の場合、ある時期とても好きだったものごととの縁を、何かのきっかけでぶちっと切ってしまうことが多い。それなりに熟考の末にその選択に至るのだけれども、結果的に積み重ねの効を失うのである。
その分、下手の横好き的にしょっちゅう初心者になるので、初心者になることには結構耐性がある。本当はとてもやりたいんだけど、できなさすぎて始められません、みたいなことは比較的少ないほうだと思う(たぶん)。
とにかく、現時点で熱烈に好きなことは放っておいてもやるだろうけど、そうでもない、今はなくてもそれほど困らない種類のこと(走ることとか)も、たとえゆるくてもいいから、好きでいつづけること、または、たまに思い出してみることも大切にしたいと思う今日このごろ。思い出してみて、もう必要ないなと思ったら、それはそれでいいのかもしれないしね。
2019/01/03
初ラン
箱根駅伝を見ると走りたくなるので、ほぼ毎年、2日か3日は走る。
そのあと余程何かがないと1年間全く走らないから、初ラン=ラストランなわけだけど、そのうちハーフマラソンぐらい出られたらいいなと思う。
今日は東海大のランナーさんがラスト1キロぐらいから準備をはじめて皆ゴールインしたのを見届けて家を出る。豊玉から江古田住宅、哲学堂、野方あたりを回って約9キロ。
人生、一時期を除いてジョグ圏内に住んでいる。
お供の曲を探したけど、ピアノ曲とかクラシックとか今ひとつ適さないものばかりだったので、村上春樹「走ることについて語るときに僕の語ること」のオーディオブック英語版を聞きながら。
序文の引用が好きだ。
Pain is inevitable, suffering is optional.
あるランナーが走っている間、頭の中で反芻し続けているマントラだそうだ。
痛みは避けがたいが、苦しみはオプショナル。きついに違いないが、だからもう駄目、かどうかは本人次第。
こういう言葉を持っているかどうかで人生におけるふるまいは違ってくる。
年始から良いチョイスだった。われながら(笑)
そのあと余程何かがないと1年間全く走らないから、初ラン=ラストランなわけだけど、そのうちハーフマラソンぐらい出られたらいいなと思う。
今日は東海大のランナーさんがラスト1キロぐらいから準備をはじめて皆ゴールインしたのを見届けて家を出る。豊玉から江古田住宅、哲学堂、野方あたりを回って約9キロ。
人生、一時期を除いてジョグ圏内に住んでいる。
お供の曲を探したけど、ピアノ曲とかクラシックとか今ひとつ適さないものばかりだったので、村上春樹「走ることについて語るときに僕の語ること」のオーディオブック英語版を聞きながら。
序文の引用が好きだ。
Pain is inevitable, suffering is optional.
あるランナーが走っている間、頭の中で反芻し続けているマントラだそうだ。
痛みは避けがたいが、苦しみはオプショナル。きついに違いないが、だからもう駄目、かどうかは本人次第。
こういう言葉を持っているかどうかで人生におけるふるまいは違ってくる。
年始から良いチョイスだった。われながら(笑)
2019/01/02
ユンケル
もともとそれほど飲まないし、喫煙への欲求もいまだ湧いたことがないし、他人に意味不明なことを語るべからずともさして思ってないので(思ってたら当blogは存在していない 笑)、昨日のブリジットのような決意はそもそも必要ないわけだけれども、毎年決意しては崩壊するものの一つに、植物を育てること、というのがある。
うちの両親は双方ともまめで、花を育て草をむしり、木を剪定し庭の掃除をし、実家のわたしの部屋だったエリアは今や一面の室内花壇と化していて、そのまめさの点で、残念ながらわたしはどちらにも似なかった。とにかく植物が1年もったためしがない。たいてい夏か秋には枯れる。当然ながら、おそろしくて動物など飼えるはずがない。
それでも、何らかの生きものの成長に資する人間でありたいという欲求だけはあって、散歩がてら渋谷園芸に行って、懲りずに観葉植物を買ってきた。
願わくば君よ(ストレリチア・ユンケアという名前だが、ユンケルと呼ぶ予感がしている)、1年後もどうかすこやかにいてくれたまえ。

一昨年の夏、野方から引越した際に実家に片づけてしまったMessian, Chilly Gonzalez, Keith Jarrett、あたりのCD30枚ほどを、母に持たされた約1年分の梅干しとともに持ち帰ってきた。
梅こぶ茶でも飲みながら聴こう。
正月っていいなあ。ごくらくごくらく。
うちの両親は双方ともまめで、花を育て草をむしり、木を剪定し庭の掃除をし、実家のわたしの部屋だったエリアは今や一面の室内花壇と化していて、そのまめさの点で、残念ながらわたしはどちらにも似なかった。とにかく植物が1年もったためしがない。たいてい夏か秋には枯れる。当然ながら、おそろしくて動物など飼えるはずがない。
それでも、何らかの生きものの成長に資する人間でありたいという欲求だけはあって、散歩がてら渋谷園芸に行って、懲りずに観葉植物を買ってきた。
願わくば君よ(ストレリチア・ユンケアという名前だが、ユンケルと呼ぶ予感がしている)、1年後もどうかすこやかにいてくれたまえ。

一昨年の夏、野方から引越した際に実家に片づけてしまったMessian, Chilly Gonzalez, Keith Jarrett、あたりのCD30枚ほどを、母に持たされた約1年分の梅干しとともに持ち帰ってきた。
梅こぶ茶でも飲みながら聴こう。
正月っていいなあ。ごくらくごくらく。
2019/01/01
お久しぶり
実家に帰る。
帰るといっても毎日曜には行っているし徒歩15分なので、昼間は自室に戻る。なにしろ実家にはネットもないから、風呂に入って寝るか、テレビ観ながら筋トレでもするしかない。加えて自室で「ブリジット・ジョーンズ」シリーズを昨日見始めたものの3作目の途中になっていた。滋味溢れるとか芸術性が高いとかそういう類のものでは全くないのは重々承知なのだけれども、なぜか分からないが定期的に見たくなる。好きな女優はと聞かれたらこの作品のRenee Zellweger(と最近は知らないけど知られ始めた頃のスカーレット・ヨハンソン)と答えるだろうと思う。
なぜか分からないがと書いたけれども、リピしてしまう理由について思い当るのは、この作品は表題のとおり、彼女の日記をベースにして、1年を振り返る形で描写されている。彼女は新年にあたり決意をし(New year's resolution, drink less, and keep new year's resolution.. quit smoking and stop talking total non-sense to strangers...)、決意はもろくも崩壊し、ある意味自業自得的にひどい目にあったりもするのだけれど、1年間がんばった自分を評価または正当化して、また新たな決意とともに未来を向いていく。そういう自分との対話的な展開が、年末年始に見るにはなかなか感慨深かったりする。
New Year's Resolutions | Bridget Jones's Diary
The Bridget Jones Guide To Life
そして、そんなごたくはともかく、冒頭シーンのBridgetの渾身のキック!に、のっけから彼女のファンになっちゃった人も多いのではなかろうか。自分もその一人である。
Bridget Jones - All By Myself
さて、自分の今年の決意はなんでしょかと思うけれども、いまのところさしたる殊勝な思いつきもない。気が向いたらまた考えます。
別の話。
音楽には全く詳しくないけれど、好みはいわゆる現代音楽に偏っていて、そのソースは30代前半頃にふと思い立って母校の一般教養の音楽の授業(確か6限だったから、二部の子も出ていて、仕事帰りに間に合った)にもぐっていたころの先生のご趣味によるところが多い。んだけれども、ペルトだけは自分で出会った(笑)。
前述のBridgetが幸せに暮らしているのを見届けたので、正月に1冊ぐらい小説でも読もうと本棚を眺めていたら、未読の池澤夏樹が何冊かでてきて、池澤夏樹といえばペルトを聞かないとと一転して音楽鑑賞の時間となった。池澤夏樹とペルトは自分の中で密接にリンクしている。池澤夏樹で一番好きなのはスティル・ライフで、それがドラマ化された折の超重要シーンにArbo Partの「Tabula rasa」が使われていた- [追記:やっぱり「Arbos」だった気がしてきた]。
数年前に突発性難聴になってから、正常範囲ではあるものの若干聴力が低下した。しばらくの間は、耳を労らないとと思ってイヤホンで音を聴くのをやめていたが、それもつまらないと思ってまた復活した。最近はダンス関係ばかり聞いていたけれど、やっぱり自分にはこういう静謐な(静かじゃない箇所ももちろんあるけど)音も時折必要だなと思う。
流れで、Philip Glass, Steve Reichあたりを検索してひとしきり聞く。ついでにKieth JarretのRioとPierre-Laurent Aimardのバッハ。みなさんご無沙汰しててすみません。お久しぶりです。
現代音楽系で検索しているとErik Satie Gymnopédiesが頻出する。そういえばこのところDVDで見ているその曲の振付がとても好きだな、と思う。
帰るといっても毎日曜には行っているし徒歩15分なので、昼間は自室に戻る。なにしろ実家にはネットもないから、風呂に入って寝るか、テレビ観ながら筋トレでもするしかない。加えて自室で「ブリジット・ジョーンズ」シリーズを昨日見始めたものの3作目の途中になっていた。滋味溢れるとか芸術性が高いとかそういう類のものでは全くないのは重々承知なのだけれども、なぜか分からないが定期的に見たくなる。好きな女優はと聞かれたらこの作品のRenee Zellweger(と最近は知らないけど知られ始めた頃のスカーレット・ヨハンソン)と答えるだろうと思う。
なぜか分からないがと書いたけれども、リピしてしまう理由について思い当るのは、この作品は表題のとおり、彼女の日記をベースにして、1年を振り返る形で描写されている。彼女は新年にあたり決意をし(New year's resolution, drink less, and keep new year's resolution.. quit smoking and stop talking total non-sense to strangers...)、決意はもろくも崩壊し、ある意味自業自得的にひどい目にあったりもするのだけれど、1年間がんばった自分を評価または正当化して、また新たな決意とともに未来を向いていく。そういう自分との対話的な展開が、年末年始に見るにはなかなか感慨深かったりする。
New Year's Resolutions | Bridget Jones's Diary
The Bridget Jones Guide To Life
そして、そんなごたくはともかく、冒頭シーンのBridgetの渾身のキック!に、のっけから彼女のファンになっちゃった人も多いのではなかろうか。自分もその一人である。
Bridget Jones - All By Myself
さて、自分の今年の決意はなんでしょかと思うけれども、いまのところさしたる殊勝な思いつきもない。気が向いたらまた考えます。
別の話。
音楽には全く詳しくないけれど、好みはいわゆる現代音楽に偏っていて、そのソースは30代前半頃にふと思い立って母校の一般教養の音楽の授業(確か6限だったから、二部の子も出ていて、仕事帰りに間に合った)にもぐっていたころの先生のご趣味によるところが多い。んだけれども、ペルトだけは自分で出会った(笑)。
前述のBridgetが幸せに暮らしているのを見届けたので、正月に1冊ぐらい小説でも読もうと本棚を眺めていたら、未読の池澤夏樹が何冊かでてきて、池澤夏樹といえばペルトを聞かないとと一転して音楽鑑賞の時間となった。池澤夏樹とペルトは自分の中で密接にリンクしている。池澤夏樹で一番好きなのはスティル・ライフで、それがドラマ化された折の超重要シーンにArbo Partの「Tabula rasa」が使われていた- [追記:やっぱり「Arbos」だった気がしてきた]。
数年前に突発性難聴になってから、正常範囲ではあるものの若干聴力が低下した。しばらくの間は、耳を労らないとと思ってイヤホンで音を聴くのをやめていたが、それもつまらないと思ってまた復活した。最近はダンス関係ばかり聞いていたけれど、やっぱり自分にはこういう静謐な(静かじゃない箇所ももちろんあるけど)音も時折必要だなと思う。
流れで、Philip Glass, Steve Reichあたりを検索してひとしきり聞く。ついでにKieth JarretのRioとPierre-Laurent Aimardのバッハ。みなさんご無沙汰しててすみません。お久しぶりです。
現代音楽系で検索しているとErik Satie Gymnopédiesが頻出する。そういえばこのところDVDで見ているその曲の振付がとても好きだな、と思う。
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