2010/03/07

母君のこと

母君が「腰膝サポートタイツを2割引にて購いたい」とのたまうので、2年ぶりぐらいに買いものにつきあうことになる。もちろん、「あんたのも買ってあげる」という惹き文句につられて。親とはありがたきもので、子が何歳になろうと誕生日には(毎年ではないにしろ)何か与えねばならぬと信じてくださっている。今年はその何回に1回の僥倖。地下街の食堂で京風なんとか御膳を食して腹ごしらえの後、小田急ハルクに向かう。昭和5年生まれの母が何ゆえそのようなタイツを欲するのかといえば、茶道の稽古で膝を酷使した後に卓球をなさるからである。卓球友達の「そこにイチローがいるから」とのメッセージをたよりにお目当てはXのタイツであろうと目星をつける。父君用の5本指ソックスも入手する。

お次はユニクロ。「来週お台場に遊びに行くので、ジーンズが欲しい」とおっしゃる。母君のスタイルに適したユニクロのジーンズを探すのは至難であるが、当人はそのようなことは露知らず、スキニージーンズを手にお取りになり「この色がよろし、これをもて」と試着室に直行しようとなさる。「念のためWブーツカット(股上深め)をお持ちなさいませ」と後を追いかける。

姿勢矯正パンツを求めたあたりで「そろそろお腹がすきましたわね」とおっしゃる。喫茶店でサバランを注文される。運ばれてきた皿の上にデコレートされているカスタードクリームらしきものを指しウエイトレスさんに「これは何かしら」とのご質問。そんなこと聞いてどうなさるのかと冷汗が出かかるが、運良く母君の質問は彼女の耳に届かなかったらしく無視された。そんなこんなの間に裾上げ処理待ちの1時間が経過。首尾よく裾上げのジーンズを受け取り、上機嫌となった母君は急行で、わたしは鈍行で家路につく。そんな母の世話を焼くのは嫌いではない。

町田康の影響か、へんな古文調になっている。『東京瓢然』は面白かった。突如笑いの発作が起きるかもしれないので、車中で立ち読みなどなさろうと思う方は要注意。確かに、雅、とか禅、とか、客観、などと同様、飄然などという言葉は、他を指して評するならともかく、自己のあるべき姿として言葉にした時点で本質が失われる類の言葉である。ゆえに本書は、飄然たろうとして、そうなれない小市民的中年のおじさんがロック調で怒っているエッセイまたはフィクションであろう。それにしてもオビに「幻想的な東京」とあるのはどうだろう。妄想的もしくは神経症的のほうが正しいんじゃないだろうか。自分て変わってるよな、と一抹の憂慮をもって自覚している方は、いやもっと激烈にヘンなことを創作なのか真情吐露かは別として、まじめに書物にしたためるひとが世の中には存在していてくださるのだと共感をもって安堵できるに違いない良書である。