去年の8月まで勤めていた会社と、11月から働き始めて現在に至る会社が徒歩5分のところにある(もうすぐ引越しだけど)。
そういったわけで前の会社の同僚さんとときどきランチに行く。
先々週から先週にかけて、酷暑と評された日が続いたときは、連日午後3時を過ぎると体力が限界にきてしまって、コーヒー飲んでも目薬さしても、体操してもガムかんでも、頭はもうろう、目はしょぼしょぼで、日本の会社もそろそろ昼休みを長くとってシエスタできるようにしたらいいんじゃ、と本気で考えていた。
そんな中、もと同僚さんがランチに誘ってくれたので、お手頃価格のステーキ200gをいただいてきたわけだけれども、予想外にもステーキの効果ばつぐんで、その日以来、終業までしゃっきり過ごせるようになった。
そうか、肉が足りなかったんだわたし。
というわけで、週1のステーキを課すことに(食べ過ぎ?)。
今日は一人で、立ち食い(だからお手頃なのだ)。
早めに行ったのが正解で、お店を出る頃には炎天下に長蛇の列が。
みんな肉が足りないのね。
2018/07/31
たぶんにやにやしている
ダンスを始めたのはたぶん2年半前ぐらいだと思う。
ジムに通い始めた当初はマシンで走っていただけだったけれど、根気がなくて15分もすると飽きてしまうから、スタジオに入ったら45分は強制的に動き続けられる「レッスン」なるものに出てみようと思った。
たまたまその時に目にしたのがマーシャルで、インストラクターさんや生徒さんたちのすてきな姿に刺激されて、その後4年ぐらいはマーシャル一筋だった。移り気なものの凝り性でもあるので、形の良いキックやパンチを打てるように筋トレや柔軟性を養うためのレッスンにも出た。マーシャルは背中も使うので、おかげで猫背もかなり解消された。
そろそろ何かほかのレッスンに出たいなあとレッスンの待ち時間に物色していたときに、たまたまダンスのレッスンに入ってみる気になった。
ダンスなんてしたことがあるはずもなく、見るのも特に好んでいたわけでもない。
コンテンポラリーのバレエぐらいは見たことがあったけれど、誰のだったか記憶になかったぐらいだ(最近になって、ぺジャール振付のボレロだったことをグーグル様が教えてくれた)。
たまたま入ったそのレッスンは、3ヵ月続く振付けの3ヵ月目だったので、結果見るも無残なことになったのだけれど、ふしぎと、もう一度、と思った。
振付を覚えるのが難しくて、最初はメモ帳に人型を書いて動きを記帳していたが、往々にして記憶が途中で脱落していたり間違っていたりする。そのうちDVDが出ているのを知って、お手軽な手段に乗り換えた。そのうち、DVDがなくても覚えられるようになった。
週に1回やっていただけではさっぱり上達しないので、いろんな先生のレッスンに出ることにした。ジムの利点は、いろんな先生のレッスンに出られるところだ。先生によって振付にも傾向があるので、基礎は同じだがいろいろな動きを覚えられる。そして今に至る。
あと何年踊れるだろう、とときどき思う。
10年はないな。せいぜい5年かしら。
練習したら少しはましになると思えなくなったら、きっと太極拳とかに移行するだろうな(それも太極拳に失礼か...)。
だから今はできる限り、踊っておこうと思う。
朝ドラで、秋風塾の同期3人組が良いことを言っている(録画を見ている)。
「人生で、あのときああしておけばよかったって後悔することがあるっていうでしょ。
でもわたしもすずめもそういうのないんだよね。ちゃんと挑戦して、漫画の神様におまえじゃだめだって言われた。プライドずたずた、傷つく、へこむ。でもそれが生きるってことじゃない。
傷つくのこわいけど、お前じゃだめだっていわれるのこわいけど、ほしいものに手をのばすってことが生きるってことじゃない。だめだって分かるのに9年かかっちゃった。でもそれでよかったんだよね。何もしないよりぜんぜんよかった。それがあって今がある。生きれば生きるほどタフになる。(大意)」
レッスンで、先生が踊ってくれることがある。
仏頂面に定評があるわたしだけれど、先生たちが本気で踊っているのを見ていると、次第に口角がゆるんでくるのが自分でもわかる。
たとえば、シルヴィ・ギエムの動画を見ていたとして、そりゃあすばらしいと思うんだけど、画面を見ながらにやにやしたりしない。
なぜかわからないけれども、目の前で、生身の先生が踊ってるのを見ると、笑顔になる。なんでだろうね。
ひとつには、たぶん、それまで教師の顔だった人が踊り手の顔に変わったことに心が動くんだろうな。振付覚えるのはわたしにはけっこうたいへんなんだけど、先生の美しい動線からその本気度の波動みたいなものが伝わってくると、それまでの苦労がひととき報われる。
先生たち、いつもすてきな振付作ってくれてありがとう。
なかなか上達しない生徒を見守ってくれてありがとう。
そんなことを思いつつ、今は踊っている。
ジムに通い始めた当初はマシンで走っていただけだったけれど、根気がなくて15分もすると飽きてしまうから、スタジオに入ったら45分は強制的に動き続けられる「レッスン」なるものに出てみようと思った。
たまたまその時に目にしたのがマーシャルで、インストラクターさんや生徒さんたちのすてきな姿に刺激されて、その後4年ぐらいはマーシャル一筋だった。移り気なものの凝り性でもあるので、形の良いキックやパンチを打てるように筋トレや柔軟性を養うためのレッスンにも出た。マーシャルは背中も使うので、おかげで猫背もかなり解消された。
そろそろ何かほかのレッスンに出たいなあとレッスンの待ち時間に物色していたときに、たまたまダンスのレッスンに入ってみる気になった。
ダンスなんてしたことがあるはずもなく、見るのも特に好んでいたわけでもない。
コンテンポラリーのバレエぐらいは見たことがあったけれど、誰のだったか記憶になかったぐらいだ(最近になって、ぺジャール振付のボレロだったことをグーグル様が教えてくれた)。
たまたま入ったそのレッスンは、3ヵ月続く振付けの3ヵ月目だったので、結果見るも無残なことになったのだけれど、ふしぎと、もう一度、と思った。
振付を覚えるのが難しくて、最初はメモ帳に人型を書いて動きを記帳していたが、往々にして記憶が途中で脱落していたり間違っていたりする。そのうちDVDが出ているのを知って、お手軽な手段に乗り換えた。そのうち、DVDがなくても覚えられるようになった。
週に1回やっていただけではさっぱり上達しないので、いろんな先生のレッスンに出ることにした。ジムの利点は、いろんな先生のレッスンに出られるところだ。先生によって振付にも傾向があるので、基礎は同じだがいろいろな動きを覚えられる。そして今に至る。
あと何年踊れるだろう、とときどき思う。
10年はないな。せいぜい5年かしら。
練習したら少しはましになると思えなくなったら、きっと太極拳とかに移行するだろうな(それも太極拳に失礼か...)。
だから今はできる限り、踊っておこうと思う。
朝ドラで、秋風塾の同期3人組が良いことを言っている(録画を見ている)。
「人生で、あのときああしておけばよかったって後悔することがあるっていうでしょ。
でもわたしもすずめもそういうのないんだよね。ちゃんと挑戦して、漫画の神様におまえじゃだめだって言われた。プライドずたずた、傷つく、へこむ。でもそれが生きるってことじゃない。
傷つくのこわいけど、お前じゃだめだっていわれるのこわいけど、ほしいものに手をのばすってことが生きるってことじゃない。だめだって分かるのに9年かかっちゃった。でもそれでよかったんだよね。何もしないよりぜんぜんよかった。それがあって今がある。生きれば生きるほどタフになる。(大意)」
レッスンで、先生が踊ってくれることがある。
仏頂面に定評があるわたしだけれど、先生たちが本気で踊っているのを見ていると、次第に口角がゆるんでくるのが自分でもわかる。
たとえば、シルヴィ・ギエムの動画を見ていたとして、そりゃあすばらしいと思うんだけど、画面を見ながらにやにやしたりしない。
なぜかわからないけれども、目の前で、生身の先生が踊ってるのを見ると、笑顔になる。なんでだろうね。
ひとつには、たぶん、それまで教師の顔だった人が踊り手の顔に変わったことに心が動くんだろうな。振付覚えるのはわたしにはけっこうたいへんなんだけど、先生の美しい動線からその本気度の波動みたいなものが伝わってくると、それまでの苦労がひととき報われる。
先生たち、いつもすてきな振付作ってくれてありがとう。
なかなか上達しない生徒を見守ってくれてありがとう。
そんなことを思いつつ、今は踊っている。
2018/01/05
父さんは傷ついている
今朝から左側の片頭痛がひどい。
みなさん本日年初の初出勤とみえて、会社携帯がメールの着信で時折びりびり鳴りだした途端これだから困ったものである。
わたしは入社以来初の有休。
ダンスのレッスンに行けば治るかも、と耳を押さえながら地下鉄に乗る。
ウォームアップあたりまではキリで突くような痛みが3分に1回ぐらいきていたのだが、振付に入るとぴたりと止まる。
(と後から振り返って気づくのだけれども)
帰りの地下鉄のホームあたりから、またずきんずきん復活。
心底集中できてるときは痛まないのか、血流の問題とかなのか、よく分からない。
とか思いつつ、席に座ってカズオ・イシグロの「忘れられた巨人」を取り出して開く。
実は購入後、読みかけて3回ぐらい挫折しているのだが、テレビの「白熱教室」を見ていてやっぱりこの作家さん好きだなあ、と思って再度の挑戦となった。
記憶を扱っている作品だということもある。
人間というのは自分の都合のよいように記憶を編集する生きものである。
思い込んでいる記憶が事実と異なることもある。
あの頃は幸せだったと記憶していても、よくよく事実を精査すれば実はそうでもなかったんじゃない、ってこともあるし、その逆だってあるだろう。
まだ読んでないけど、そういうことと関係ある話らしい。
と、向かいのおじさんがとつぜん、
「いしぐろかずお」
と真正面から私の顔を見つめて言う。
とっさに言葉もでず、固まった顔で無言でこくこくうなずく。
向こうも何か満足げにこくこくうなずく。
ひと駅で乗り換え。
しかし、ファンならカズオイシグロと言ってくれよ。
なんだか不意を突かれて読み続ける気にならない。
大草原モードに戻る。
しかしチャールズ父さんはよく怪我をするひとだなあ、と思う。
木から落ちて右腕骨折もあったし、間違いとはいえローラがライフル倒したせいで、結果的に銃で撃たれちゃったし、水車小屋の重さ400キロぐらいの石が転がってきて引かれかけたりと最近思い出すだけでもかなり負傷している。
どうでもいいことというのは意外と気になるので、帰宅後PCで検索してみると同じこと考えてる人っているもので。
何回とは書いてないようだし、今更シーズン1から見直して数える気にもなれないけれど、それって負傷するとMichel Landonがいいカラダ見せられるからなんじゃないの、とか言ってる人もいるみたい。
まあ確かにね。
傷ついた父さんはすてきです。
傷ついてなくてもすてきだけどね。
こういうどうでもいいこと考えていたって頭痛はとまらない。
薬も効かないし。
休み中太っちゃったし、またジムでも行くかなあ。
みなさん本日年初の初出勤とみえて、会社携帯がメールの着信で時折びりびり鳴りだした途端これだから困ったものである。
わたしは入社以来初の有休。
ダンスのレッスンに行けば治るかも、と耳を押さえながら地下鉄に乗る。
ウォームアップあたりまではキリで突くような痛みが3分に1回ぐらいきていたのだが、振付に入るとぴたりと止まる。
(と後から振り返って気づくのだけれども)
帰りの地下鉄のホームあたりから、またずきんずきん復活。
心底集中できてるときは痛まないのか、血流の問題とかなのか、よく分からない。
とか思いつつ、席に座ってカズオ・イシグロの「忘れられた巨人」を取り出して開く。
実は購入後、読みかけて3回ぐらい挫折しているのだが、テレビの「白熱教室」を見ていてやっぱりこの作家さん好きだなあ、と思って再度の挑戦となった。
記憶を扱っている作品だということもある。
人間というのは自分の都合のよいように記憶を編集する生きものである。
思い込んでいる記憶が事実と異なることもある。
あの頃は幸せだったと記憶していても、よくよく事実を精査すれば実はそうでもなかったんじゃない、ってこともあるし、その逆だってあるだろう。
まだ読んでないけど、そういうことと関係ある話らしい。
と、向かいのおじさんがとつぜん、
「いしぐろかずお」
と真正面から私の顔を見つめて言う。
とっさに言葉もでず、固まった顔で無言でこくこくうなずく。
向こうも何か満足げにこくこくうなずく。
ひと駅で乗り換え。
しかし、ファンならカズオイシグロと言ってくれよ。
なんだか不意を突かれて読み続ける気にならない。
しかしチャールズ父さんはよく怪我をするひとだなあ、と思う。
木から落ちて右腕骨折もあったし、間違いとはいえローラがライフル倒したせいで、結果的に銃で撃たれちゃったし、水車小屋の重さ400キロぐらいの石が転がってきて引かれかけたりと最近思い出すだけでもかなり負傷している。
どうでもいいことというのは意外と気になるので、帰宅後PCで検索してみると同じこと考えてる人っているもので。
何回とは書いてないようだし、今更シーズン1から見直して数える気にもなれないけれど、それって負傷するとMichel Landonがいいカラダ見せられるからなんじゃないの、とか言ってる人もいるみたい。
まあ確かにね。
傷ついた父さんはすてきです。
傷ついてなくてもすてきだけどね。
こういうどうでもいいこと考えていたって頭痛はとまらない。
薬も効かないし。
休み中太っちゃったし、またジムでも行くかなあ。
2018/01/01
Remember me
CATVで大草原の小さな家一挙放送が流れているので、録画して毎日見ている年末年始です。
日本の古い時代劇などは、いかに名作と呼び声高くてもなかなか敷居が高くて見る気も起きないのだけれども、こちらは同じく開拓時代の古い話、古いスタイルの映像なのに、すんなり、しみじみと沁みてくるのはどういうわけだろう。
子供の頃に観たものにはそういう効能があるのかもしれない。
シーズン2の「Remember me」に印象深い言葉があったので、備忘のために。
”Remember me with smiles and laughter, for that is how I will remember you all. If you can only remember me with tears, then don't remember me at all. ”
- by Laura Ingalls Wilder
日本の古い時代劇などは、いかに名作と呼び声高くてもなかなか敷居が高くて見る気も起きないのだけれども、こちらは同じく開拓時代の古い話、古いスタイルの映像なのに、すんなり、しみじみと沁みてくるのはどういうわけだろう。
子供の頃に観たものにはそういう効能があるのかもしれない。
シーズン2の「Remember me」に印象深い言葉があったので、備忘のために。
”Remember me with smiles and laughter, for that is how I will remember you all. If you can only remember me with tears, then don't remember me at all. ”
- by Laura Ingalls Wilder
2017/12/13
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