2021/04/06

on the other side

このところ連日眠れないので、あぁまた整体で頭部マッサージしてもらうのが良いのかな、、、と思いつつ、ついワインやら梅酒やら飲み過ぎて、ぐったりしている今朝でした。

しばらく飲み続けていた睡眠導入剤は、主治医の先生からクセになるからやめといてと言われたので、前回の薬がなくなった時点からご無沙汰しており、サプリなどでは当然効果ないので飲む気にもならず。

そういえば先生が号泣、とコメントされていた映画は、寝ながら聴く8時間のコンサートのドキュメンタリーだった。Max Richterは好きだし、もしや気持ちよく眠れるかもしれず、とふと思いつき、最寄駅から下り電車に乗って、空いていそうな映画館に行ってみることにしました。

つまり、相当眠りたかったということで。

絶対に空いている確信はあったけれど、一応通路側の最後列を予約して、行ってみたら案の定両手に満たない観客数。最近の映画館は、座席もリクライニングになってるんですね。快適快適。

開演後しばらくして手足が軽く痺れたような感じになってきて、猛烈な睡魔に襲われ。意図的に使われている低周波音のせいだとの解説も夢うつつで聞きました。

そんな感じで、すみません、ほぼ寝てたのですが、、、たぶん許してもらえるんじゃないかと思います。

コンサートを始める前に、Maxさんが観客に対して、向こう側で会いましょう(see you on the other side)、とおっしゃっていたのを思い出す。

映画の中で誰かがそう言っていたのか、何かを聞いてじぶんが勝手に思ったのかは定かでないけれど、おぼろげな記憶の中で、芸術なりアートなりというのは、有形無形を問わずなんらかの成果物のことだけを指しているのではなくて、その先に何があるか分からないところに踏み出してみるという、そのプロセス自体を指していると考えても良いんじゃないか、と思った。もしかしたら、踏み出した先に、ご褒美として、すてきな向こう側(on the other side)をほんの少しでも、同じく踏み出した誰かと共有できるかもしれない。

じぶんは別に芸術を志すものであるつもりは全くないのだけれども、そういう気持ちだけは持っていたい、もしくはせめて理解する者でありたいと思う。備忘のために記しておくことにする。

そんなわけで、映画が終わる頃には、終盤から次第に混じってきた高周波音のせいで、極めてスッキリお目覚めとなり、元気に帰ってまいりました。

なんと8時間バージョンも発見。。CDもほしいけど、とりあえず今夜はこれかけて寝かせてもらお。